ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培をするエストニア人の集落。ジョージアとアブハジア間に紛争が勃発し、多くの人は帰国したが、イヴォとマルガスは残っている。マルガスはみかんの収穫が気になるからだが、みかんの木箱作りのイヴォは本当の理由を語らない。ある日、彼らは戦闘で傷ついた二人の兵士を自宅で介抱することになる。ひとりはアブハジアを支援するチェチェン兵アハメド、もうひとりはジョージア兵ニカで敵同士だった。彼らは互いに同じ家に敵兵がいることを知って、殺意に燃えるが、イヴォが家の中では戦わせないというと、家主が力を持つコーカサス人のしきたりに則り、兵士たちは約束する。数日後、アブハジアを事実上支援するロシアの小隊がやってきて‥。戦争の不条理と人間性の尊さを描く感動作。世界の映画祭で数多くの賞を受賞、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートを果たした。

本作はグルジアとエストニアの初の共同製作である。エストニアのタリン映画祭でジョージア映画の特集上映が行われた際、エストニア映画人からの共同製作の提案にジョージアのザザ・ウルシャゼ監督が応え、構想を深めた。19世紀後半のロシア帝政時代に多くのエストニア人がアブハジアに移住し、開墾、集落を築いた。みかんはアブハジアの名産であり、日本の温州産に似ている。ソ連邦時代に、日本人の学者が中心になって、西グルジアの黒海沿岸の地方に多くの苗を植え、拡がっていったともいわれている。
  全編ロケによる撮影だが、いまだに緊張状態が続くアブハジアではなく、同じ黒海沿岸であるグリア地方の広大な荒地に集落や道を作り、樹木を植えて撮影された。
ニカが大切にしていたラストシーンで流れるカセットテープの曲は、グルジアを代表する詩人、作家、音楽家であるイラクリ・チャルクヴィアニ(1961-2006)が歌った「紙の船」という歌で、アブハジア戦争中にジョージアで大ヒットした曲。戦場に赴く若者の恋人への心情を語った内容だが、ジョージア人のアブハジアへの思いが重ねられている。
ウルシャゼ監督は1966年生まれ。本作では、さまざまな文化、宗教の衝突を描いているが、世界が危機的な状況のなかで、人間らしさを保つことの大切さを描きたかったと述べている。
ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培をするエストニア人の集落。ジョージアとアブハジア間に紛争が勃発し、多くの人は帰国したが、イヴォとマルゴスは残っている。マルゴスはみかんの収穫が気になるからだが、みかんの木箱作りのイヴォは理由を語らない。ある日、彼らは戦闘で傷ついた二人の兵士を自宅で介抱することになる。ひとりはアブハジアを支援するチェチェン兵アハメド、もうひとりはジョージア兵ニカで敵同士だった。彼らは互いに同じ家に敵兵がいることを知り、殺意に燃えるが、イヴォが家の中では戦わせないというと、家主が力を持つコーカサスのしきたりに則り、兵士たちは約束する。数日後、アブハジアの小隊がやってきて‥・。
1966年10月30日生まれ。1989年にジョージア国立映画演劇大学を卒業。父親はサッカーのソヴィエト代表の著名なゴールキーパー、ラマズ・ウルシャゼ。
1990年代の紛争時期に短編を数作品作る。長編第1作「ここで夜が明ける」(1998)を完成、ジョージア国立映画センター代表に就任。その後「三軒の家」(2008)、「私といっしょにいて」(2011)、「保護者」(2012)、「みかんの丘」(2013)を監督。
2013年からジョージア映画人同盟を改称したジョージア映画アカデミーの代表を務める。
※「みかんの丘」以外は日本未公開。
私の主観的な考えですが、人間にとって一番大切なものが芸術です。この「みかんの丘」には、人間の精神、尊厳にとってとても強い人間的なメッセージが込められています。私は映画、芸術が戦争を止めることが出来るとは決して思ってはいません。しかし、もし戦争を決断し、実行する人たちがこの作品を見て、少しでも立ち止まり、考えてくれるならば、この映画、芸術を作った意義があったと考えています。